総ての始まりにして終わりなる豆

3月から収穫が始まりましたスナップエンドウも、いよいよ作業が大詰めとなりました。

おかげさまで、ポットの種蒔き時期から含めると11〜5月後半までの期間、大好きなスナップエンドウと共に、とても楽しい時間を過ごさせていただく事ができましたね。

六〜七年前までは普通に6月まで出荷していたのですが、年々、収穫終了が前倒しになっているのは、やはり温暖化の影響なのでしょうか。

何事も、終わりがあるのが世の中の道理とは言え、長い間愛情を注いできた作物の終わりは、非常に寂しいものがありますね。

ただ、逆に、総ては無限ではなく有限であるからこそ、こうやって、しみじみと感傷に浸る事ができるのかもしれません。

僕は、この世で一番大切なものは「健康」と「時間」だと考えています。

「健康」も「時間」も間違いなく「無限」ではなく「有限」なのですが、恵まれた日々を惰性で過ごしていると、それが永遠に続くと錯覚してしまいがちですよね。

「何事」も「終わりがあるから輝く」訳なので、惰性や慢心にとらわれすぎず、切り取られた人生の瞬間瞬間を、大切に、味わいながら、過ごしていきたいものです。

「何事も、終わりがあるから輝く」と言う視点で日々を過ごすと、毎日の生活で、見える世界、感じる世界が変わってくると感じます。

「この時間がいつまでも続かない」からこそ、生きていることに、この世の総てに感謝の気持ちが生まれてきます。

そして、シャンプーで頭を洗う度に大量に抜け、必死に排水溝にしがみついている、僕の貴重な抜け毛でさえ愛おしく思えてきます。

うーん、自分で書いておいてなんですが、これ、最後のオチはいりませんよね。

目次