〜豆と共に去りぬ〜

どうも、ムスメの習い事のお迎えに行ったらイキナリ、「松浦さんですね、楽しいブログ読んでますよー」と先生から言われて、「いや、時間がもったいないので別に読まなくて良いですよ」と照れ隠し&苦笑いで返した松浦農園代表松浦重徳です、読者の皆さまこんばんは。
しかし、先生は、いったい全体ドコから僕のブログに辿り着いたんだろう。
しかも、「来年、スナップエンドウを買いに行きますね」と言ったヒジョーにありがたいお言葉を頂戴いたしましたので、今から精進する気持ちだけは満タンな松浦です、ふふふ。
気持ちだけなのかよ!
と言ったお声が読者様から聞こえてきそうですが、まあ、とりあえずは精神論から入りやすいのが日本人の性なので、決意を新たに、来年度もスナップエンドウの栽培に励む所存であります。
えー、まあ、それでですね、基本的に「スナップエンドウ」と言う作物は、「一度栽培したら、3〜4年は圃場を休ませる」と言うのがマニュアルとなっております。
俗に言う、「連作障害」と言うものがマメ科の作物にはテキメンに現れやすいので、一般的には、毎年畑をずらして栽培します。
つまり、必ず、土を変えて作付けするんですね。
しかし、冒頭の写真は、実は「同じ畑」で、「4年連続」栽培したスナップエンドウになります。
「3〜4年休ませる」のがベターなのに、「4年連続」栽培し、おかげ様で、とりあえず充分な収穫量を確保することができております。
こんな無謀なチャレンジが見事に成功しているのが、自分でも驚き桃の木ジャックと豆の木なのですが、ある意味、この「スナップエンドウの連作障害」との「戦い」が、「僕の農業の原点」でもありますね。
思い起こせば今から10年前、父の勧めで、僕は初めてハウスでスナップエンドウを栽培しました。
その時は何もわからぬまま、無我夢中で栽培管理をし、さらにビギナーズラックさんもお手伝いしてくれたせいか、ソレなりに上手く行ったんですね。
しかし、次の年、調子に乗って、同じ畑にまた、同じように植えて、同じように管理しました。
するとあら不思議、マメがあまり伸びずに、収穫量が前年の半分になってしまいました。
その時はあまり危機感もなく、「たまたまだろう」と軽く捉え、何の対策もせずに挑んだ3年目。
「収穫量」は、「栽培初年度」の、「四分の一」まで落ち込みました。
基本的に負けず嫌いな僕は、「このままではいかん」と、大好きだった鍼灸師をお休みしながら狂ったように農業にのめり込み、ひたすらに作物理論についての勉強を始めました。
元々が鍼灸師だった僕は、実はその段階でも「窒素、リン酸、カリ」もロクに分からなかったので、とにかく必死で学びました。
そして、あれから10年、農業技術を磨いた僕は、農家として父から経営を譲り受け、更にスナップエンドウを栽培作物の柱にすることが可能となりました。
そして、更に、自分でも思っても見なかった、驚きの流れがやってきました。
マイナビ農業の取材。
現代農業の執筆依頼。
地方テレビ局の生放送出演。
JA広報誌の表紙。
NHK世界放送のための取材、更に、英語が通じる各圏内へのテレビ出演。
これらの出来事は、全部、「松浦農園のスナップエンドウ」が題材です。
そして、おそらく、「松浦農園のスナップエンドウ」が、引き寄せた物です。
もしかすると、ある意味では「スナップエンドウ」に対する「僕の熱意」が引き寄せた、とも言えるかもしれませんが、とにかく、自分では信じられないような事が次々と起きております。
更にまだ未発表ですが、「あっと驚くような新たな取材」も、つい最近、軽やかに実現してしまいました。
ただ、ここまで書いておいてなんですが、僕は別に自慢をしたいわけではないです。
ただ、人間が熱意を持って、一つのことに集中する時。
そして、それをひたすらに継続している時。
自分でも、思いも寄らないことが、本当に起きます。
誰でも、起きます。
大げさに言えば、「人間」の「一点集中」は「奇跡」に繋がるのではないのでしょうか。
僕のようなくだらない人間にとっては、上記の出来事は、紛れもない「奇跡」です。
でも、まだまだ、これからです。
世の中には必ず、上には上がいます。
つまるところ、「自慢」した「瞬間」に「人間」は「成長」が「止まる」と、僕は考えております。
逆に言えば、「謙虚」であれば「人間」は「成長」することが、いくつになっても可能だと考えております。
そして、いつか必ず訪れる、自分が死ぬ瞬間。
どうせなら、「自慢」よりも「感謝」しながら、永遠の眠りにつきたいものですね。
